廻る夢路

 

国画会の受賞作家展の会場に、メリーゴーランドをモチーフとしたひときわ鮮明な大作があった。水谷誠孝さんの作品と知り、会場でお話しさせていただいたのが出会いである。 水谷さんのメリーゴーランドをはじめとする作品は、端正とも言える明瞭な描写で色彩豊かに展開される。それは現存を強く印象付けるが、構想の段階で想像の羽を伸ばし、ペガソスさながら天空を飛翔したり、野原や湖沼で憩っていたりする。いわばファンタジーの世界が、水谷さんの制作の根幹にあると言えよう。

 メリーゴーランドは回転木馬のことで、遊園地で子供たちなどが興じる遊具である。それは円を描いて廻るものであり、地上の一点での日常生活を拘束と捉えれば、より自由な非日常の世界である。そして、この場所と時間が規律のもとにある運動は、さらなる解放へと思念を駆り立てる。私たちはそうした軛を解かれた安息の世界に憩うことを希求しているがゆえに、水谷さんの作品にも共感を覚えるのではないだろうか。

 アルゼンチン出身のアーティストであるレアンドロ・エルリッヒの作品に、『回転木馬:適切な時に、適切な場所にいるという任務』がある。体験型インスタレーション作品で、廻り舞台のように住居が回転を続けるのである。そこでは日常生活を送りながら、外界が変化してゆく。不思議な体験ではあるが、あるいは地球そのものが自転および公転しているのだから、廻りゆくこと自体が本質的な事なのかもしれない。

 その回転する不思議な世界を、水谷さんは二次元の画面の中で探究している。

 金箔をふんだんに用いた卵黄テンペラの作品は、中世のイコンの風趣を帯びる。それは聖像の世界ではないが、水谷さんは東西の古いものに関心があると語る。心の奥深き所から湧き上がるイメージは、時空を超えた夢物語の世界を紡ぎだす。想像の翼を広げた安らぎの空間が、そこに心地よく息づいている。

 

美術評論家

井出真一路 

失われた永遠の夢を乗せて

 

 ぼくたちの遠い幼い日々の記憶に息づくメリーゴーランドは、何かしらえも言われず不安な感覚を伴っている。その感覚を、楽園喪失の悲しみと呼ぶことは可能だろうか。笑顔で見守ってくれているはずの母の姿が一瞬、視界から消えて不安にかられる。けれど、子どもはやがてすべてを忘れて、上下動と回転という二つの運動から生まれる不思議な快感に熱中しはじめる。その眩暈にも似た開放の感覚は、ことによるとぼくたちが生まれて初めて経験する四次元の感覚ではないか……。しかし今、ぼくたちが水谷誠孝の絵画を通して見るメリーゴーランドは、そんな幼い日々の原初的な記憶とどこか趣を異にしている。何よりも人間が不在なのだ。メリーゴーランドは嬉々たる子どもたちの声や音楽から解き放たれて、すでに生きた動物たちの静かな楽園と化している。動物たちはみな晴れやかに着飾り、時には濃紺の夜空のもとで、時には緑なす草地でひっそりと息をしつつ悲しげに孤独な夢にひたる。だが、いったん天空をめざし、規律正しく駆けのぼる姿の雄々しさはどうだろうか。ぼくたちはそこで気づかされる。天翔ける夢こそ、永遠の杭に繋がれた木馬たちの永遠の夢でもあったことに。そしてそこに描かれた木馬たちが、ぼくたち人間の存在そのものメタファーであることに。メリーゴーランド、それこそは、ぼくたちが永遠に失った原初の夢を乗せてたゆたうゴンドラである。水谷誠孝が、その優れたテクニックと構成感覚(「黄金色と6層のメリーゴーランド」のみごとさ!)を駆使し、黄金と赤と濃紺を基調として描き分けた世界は、動物と人間がひとしく無垢であった楽園の記憶のかけらである。そしてかけらであるキャンバスの一枚一枚が、まさに千載一遇ともいうべき「主題」との出会いの喜びを物語っている。

 

名古屋外国語大学長

日本藝術院会員

ロシア文学者

亀山郁夫

気配を潜ませるミステリアスな空間

 

 かつて学生の制作の場であるアトリエを巡回している時、特に印象に残る一枚の絵がありました。公園の砂場に色とりどりの玩具が散乱した風景画で、後になって水谷君の作品だと知りました。彼が大学2年か3年の頃だったと思います。

  どうしてその絵が気になったのか考えてみると、その砂場で少し前まで子供たちが遊んでいたであろう気配を感じさせ、活気やぬくもりが心地よい余韻を残していたからでしょう。その気配は見る者に様々な想像をさせる。時の流れや残像の表現に、作者の個性を感じたものでした。その後の学生時代を通して、公園の遊具をモチーフにした非現実的、詩的世界を表現していきます。人のいない空間に人の気配を潜ませるミステリアスな空間表現が水谷君の持ち味であり、このテーマを今日まで追求し続けています。モチーフを自分に引き寄せたり離したりの思考、金箔などの素材の研究、試行錯誤を繰り返しながらの制作は近年になり、宇宙空間を意識した拡がりのある世界に発展しています。現在、水谷君は、大学で児童教育の指導、研究を行う立場にあります。彼のテーマとする遊園地や公園の世界は子供の居場所であり、相互に関係する分野に属しています。絵画的表現を児童心理教育が互いによい影響を与え、より深い自由な空間を求めて世界を拡げていかれますことを期待しています。

 

愛知県立芸術大学名誉教授

国画会会員

久保田 裕