時空の越境

 

 洋画家の水谷誠孝さんは、近年メリーゴーランドをモチーフにした多彩な作品を発表している。水谷さんが描くメリーゴーランドは、自由に夜空を飛翔したり、草原や湖沼に憩っていたりする。

 メリーゴーランドは回転木馬とも言い、遊園地で子供たちなどが興じる遊具である。それは日常を離れた慰安のために、ひとときその場を廻りゆくものである。場所と時間は規律的に拘束されているが、メルヘンの世界へと私たちをいざなう。水谷さんもそのメルヘンの世界へ導かれ、時間と空間の境界を越えて想像の翼を広げ、シャガールの作品にも見受けられる存在の空中への浮遊といった非現実を現前化させる。水谷さんは豊かな色彩を駆使して描くコロリストであるが、作柄は明晰さを重んじて曖昧さを残さない。秩序を重んじながら、秩序からの逸脱、すなわち自由を志向している。

 今回の展覧会には、円形の作品も何点か展示されるようである。そこでは、背景の夜空の前をメリーゴーランドの馬たちが横切ってゆく。円は時計や磁石の盤のイメージを孕み、時空を飛翔していく夢幻性がこれらの作品の持ち味となっている。

 水谷さんは夢物語的なイメージを反芻しながら、憩いの空間を描出してゆく。オディロン・ルドンは「見えるものの論理を見えないものに従わせ、あり得べきものの法則に従いながら、・・・・・あり得ないようなものを創造する」と言った。水谷さんの作品もこのルドンの言葉のごとく、夢と現実の世界を架橋しながら、時空を越境した安らぎを創発している。

 

美術評論家

井出真一路 

失われた永遠の夢を乗せて

 

 ぼくたちの遠い幼い日々の記憶に息づくメリーゴーランドは、何かしらえも言われず不安な感覚を伴っている。その感覚を、楽園喪失の悲しみと呼ぶことは可能だろうか。笑顔で見守ってくれているはずの母の姿が一瞬、視界から消えて不安にかられる。けれど、子どもはやがてすべてを忘れて、上下動と回転という二つの運動から生まれる不思議な快感に熱中しはじめる。その眩暈にも似た開放の感覚は、ことによるとぼくたちが生まれて初めて経験する四次元の感覚ではないか……。しかし今、ぼくたちが水谷誠孝の絵画を通して見るメリーゴーランドは、そんな幼い日々の原初的な記憶とどこか趣を異にしている。何よりも人間が不在なのだ。メリーゴーランドは嬉々たる子どもたちの声や音楽から解き放たれて、すでに生きた動物たちの静かな楽園と化している。動物たちはみな晴れやかに着飾り、時には濃紺の夜空のもとで、時には緑なす草地でひっそりと息をしつつ悲しげに孤独な夢にひたる。だが、いったん天空をめざし、規律正しく駆けのぼる姿の雄々しさはどうだろうか。ぼくたちはそこで気づかされる。天翔ける夢こそ、永遠の杭に繋がれた木馬たちの永遠の夢でもあったことに。そしてそこに描かれた木馬たちが、ぼくたち人間の存在そのものメタファーであることに。メリーゴーランド、それこそは、ぼくたちが永遠に失った原初の夢を乗せてたゆたうゴンドラである。水谷誠孝が、その優れたテクニックと構成感覚(「黄金色と6層のメリーゴーランド」のみごとさ!)を駆使し、黄金と赤と濃紺を基調として描き分けた世界は、動物と人間がひとしく無垢であった楽園の記憶のかけらである。そしてかけらであるキャンバスの一枚一枚が、まさに千載一遇ともいうべき「主題」との出会いの喜びを物語っている。

 

名古屋外国語大学長

日本藝術院会員

ロシア文学者

亀山郁夫

気配を潜ませるミステリアスな空間

 

 かつて学生の制作の場であるアトリエを巡回している時、特に印象に残る一枚の絵がありました。公園の砂場に色とりどりの玩具が散乱した風景画で、後になって水谷君の作品だと知りました。彼が大学2年か3年の頃だったと思います。

  どうしてその絵が気になったのか考えてみると、その砂場で少し前まで子供たちが遊んでいたであろう気配を感じさせ、活気やぬくもりが心地よい余韻を残していたからでしょう。その気配は見る者に様々な想像をさせる。時の流れや残像の表現に、作者の個性を感じたものでした。その後の学生時代を通して、公園の遊具をモチーフにした非現実的、詩的世界を表現していきます。人のいない空間に人の気配を潜ませるミステリアスな空間表現が水谷君の持ち味であり、このテーマを今日まで追求し続けています。モチーフを自分に引き寄せたり離したりの思考、金箔などの素材の研究、試行錯誤を繰り返しながらの制作は近年になり、宇宙空間を意識した拡がりのある世界に発展しています。現在、水谷君は、大学で児童教育の指導、研究を行う立場にあります。彼のテーマとする遊園地や公園の世界は子供の居場所であり、相互に関係する分野に属しています。絵画的表現を児童心理教育が互いによい影響を与え、より深い自由な空間を求めて世界を拡げていかれますことを期待しています。

 

愛知県立芸術大学名誉教授

国画会会員

久保田 裕